モータースポーツとXRはどうやって融合したのか?渋谷の空で飛行機がタイムを競う「AIR RACE X」を振り返る

「エアレース」は、レース専用飛行機で指定されたコースを飛行し、タイムを競うモータースポーツ。そんなエアレースを、リアルとバーチャルを融合させた空間で実現したのが、10月15日に決勝が行われた「AIR RACE X(エアレース エックス)だ。

“現実にはあり得ないコース”でレースを開催

通常のエアレースでは、選手が1機ずつ同じコースを周回してタイムを競う。観客は当然、現地に集まってレースを観戦することになる。

一方で、今回開催されたAIR RACE Xでは、「渋谷の街をコピーしたコース」が勝負の舞台となる。まず、選手は「実際の渋谷の街中を飛ぶことを想定して作られたコース」にそって、それぞれの地域でフライトを行う。

そして、XR技術を使ってそのデータを渋谷の街に重ね合わせて再現。すると、世界各地で行われたフライトのようすを渋谷の空で見ることができるようになる。

事前フライトのデータをXRで渋谷の街に再現 ©︎AIR RACE X

渋谷の新しいシンボルとなったスクランプルスクエアの壁面すれすれを飛行機が急上昇したり、ビルの上に設置されたポールの間をくぐり抜けたりと、実際にはあり得ないコースを飛ぶようすを楽しめることがこのレースの醍醐味。しかも、ゲームやシミュレーターではなく実際のフライトデータに基づいて行われる「ガチの勝負」だ。

ジオラマの渋谷の街にARで表示された飛行コース。右手前の一番背の高いビルがスクランブルスクエアだ

XRと音響で臨場感のある体験を実現

決勝当日は、渋谷キューズと渋谷PARCO、渋谷キャストガーデンの3会場でパブリックビューイングが行われた。XRアプリ「STYLY」で会場に設置したマーカーを読み込むと、飛行ルート上に設置されたゲートや広告看板がARで出現。レースが始まると、実際の飛行データに基づいて飛行機が飛ぶようすを見ることができる。

スマホアプリ「STYRY」を空にかざすと、ゲートなどが表示されてレースを見ることができる ©Suguru Saito/AIR RACE X

さらに渋谷キューズでは、ヘッドマウントディスプレイの「PICO4」を使った観戦も可能となっていた。現実世界の映像にXRコンテンツを重ねるカラーパススルー機能を使い、より没入感のある観戦ができる。

ヘッドマウントディスプレイ「PICO 4」では、より没入感のある観戦が可能 ©Suguru Saito/AIR RACE X

臨場感は音によっても表現されていた。渋谷キューズ会場には17台のスピーカーが設置され、立体感のある音響を演出するヤマハの音像制御システム「AFC」を使ったサウンドを再生。飛行機が自分の真横を飛んだり目の前で急旋回を行ったりしているかのような、迫力あるリアルな音が鳴り響いた。

たくさんのスピーカーを使い、臨場感のある音を再現

事前に飛行したデータに基づいた勝負とはいえ、試合の結果はパブリックビューイング当日まで一切伏せられていた。リモートで会場とつないだ各国の選手および、会場の室屋義秀選手が固唾を飲んで見守るなか、日本の室屋選手が見事に優勝をおさめた。

優勝した室屋義秀選手と、リモートでそれを祝う各国の選手 ©Suguru Saito/AIR RACE X

XRとスポーツを街がつなぐ

モータースポーツとXRという、あまり接点のなさそうに思えるものを融合させたこのレースは、かなりチャレンジングな取り組みだったという。11月に開催された「SOCIAL INNOVATION WEEK SHIBUYA」では、AIR RACE Xを実現に導いた関係者による振り返りのセッションが行われた。

左から 馬渕邦美 氏(一般社団法人 Metaverse Japan 共同代表理事)、渡邊信彦 氏(株式会社Psychic VR Lab 取締役 COO)、豊田啓介 氏(東京大学 生産技術研究所特任教授 建築家)、長田新子 氏(一般社団法人渋谷未来デザイン理事・事務局長)

AIR RACE X開催のきっかけとなったバーチャルイベント「エアレース渋谷」の仕掛け人でもある建築家の豊田啓介氏は、「共感のある盛り上がりをXRでどう表現するかがチャレンジだった」と話す。

時間や空間、音声などいろいろなチャンネルをレイヤーとして重ねていき、パイロットも観戦する人も、後から映像で見る人も共感できるものにしなければならない。それぞれのチャンネルの違いをどう扱うかの挑戦でした。

豊田氏

観戦で使われたアプリ「STYLY」を提供するPsychic VR Lab 取締役 COOの渡邊信彦氏は、イベントの打診を受けて「こんなに面白いことはないと即決した」と話す。

現時点で技術的にできることと、まだ難しいことのバランスが絶妙で、これを突き詰めていけば世界初の面白いレースができると感じました。

渡邉氏
複数の要素を「レイヤー」として重ねることで臨場感を実現

そんな世界初の試みとして開催された本レースの鍵となるのが、スポーツと都市、そしてテクノロジーの関わりだ。

渋谷未来デザインの長田新子氏は、まちづくりの視点からデベロッパーとの連携の重要性を強調する。

「バーチャル○○」などのコンテンツはどれも同じで、行政やデベロッパー、その街で生活する人たちに何をしたいのかをしっかり伝え、理解して受け入れてもらうことが大切です。

長田氏

パブリックビューイングは渋谷で行われているものの、実際の飛行は世界各地で行われていることも、AIR RACE Xのユニークな点だ。

パイロットが飛んでいる間はそれぞれの地元が主催者になり、パイロットが自分の地元に貢献できる。それが世界同時多発に起きるのがこのレースの面白いところです。

豊田氏
各地で行われたフライトのデータをXRで重ねるので、地元にも開催都市にも貢献できる

過去に類をみない試みとして成功をおさめることができたAIR RACE Xだが、まだまだ課題はたくさん残されているという。

渡邉氏は、「飛行機の実機が好きな人にとって、XRの表現は簡素で物足りない」と指摘。その一方で、「エアレースには興味はないけれど渋谷で開催されるイベント興味があるという人にとっては、XRはエキサイティングなものになるはず」だと話す。

見る人によって価値が違ってくるからこそ、それぞれにカスタマイズしたものを届けていくことが重要になります。

渡邉氏

AIR RACE Xでは、リアルな空間の情報を複数の「レイヤー」としてデジタル空間上に描き、現実空間に近い体験を届ける「拡張体験」と、実際の場所に存在するものにレイヤーを載せ、実際にはあり得ない体験を実現する「増幅体験」を作っている。それらをどう見せていくかも今後の重要なテーマになる。

体験を作ることはできても、それを誰に届けるかというチャンネルの合わせ方をまだ持っていないことが課題。そのノウハウを作っていくことが大切だと考えています。

豊田氏

そして、体験を届けるにあたって欠かせないのが領域をまたぐ協業だ。長田氏は、「今回のイベントを通して、スポーツとXRがいかにつながっていないかを痛感した」という。

スポーツとテクノロジーがつながってくことで、もっといろいろなことができるようになるはずです。街を中心して、両者をつなげていくような取り組みを一緒に進めていけたらと思っています。

長田氏

「異色の組み合わせ」だからこそ、裾野を広げられる

筆者はこのイベントで初めて、エアレースというスポーツの存在を知った。正直なところ、モータースポーツにも飛行機にもあまり興味はないので、(XRではない)エアレースのパリックビューイングが渋谷で開催されたとしても、足を運ぼうとはまず考えないだろう。

少し想像力を働かせて、「土地勘のない場所でエアレースXの試合が開催されたら見たいと思っただろうか?」と考えると、XRという要素にひかれて観戦はしたかもしれない。ただし、見慣れた風景の中を飛行機が高速で旋回する驚きやワクワクは感じられなかったと思う。

「エアレース」「XR」「渋谷」がこのインベントを構成する3要素だとすれば、そのうちの2要素が“引っかかった”からこそ、肝心の競技のことが分からなくても十分に楽しむことができた。

逆に、「エアレースのファンだけれど、XRとの接点は皆無」という人が今回のイベントで初めてXRを体験したかもしれないし、「エアレースもXRも興味はないけれど、渋谷でよく遊んでいる」という人も観戦していたのかもしれない。

「異色の組み合わせ」ともいえる、まったく別の領域をまたぐイベントだからこそ、それまでに接点のなかった人たちも引き込むことができる。それは、各業界の裾野が広がるだけでなく、そこに触れた人の関心や視野を広げることにもつながっていきそうだ。

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