「改修休館の代替以上のものを提供」江戸東京博物館のアプリ『ハイパー江戸博』が“ゲーム要素”を重視した理由

江戸東京博物館が、スマホアプリ『ハイパー江戸博』を4月22日にリリースした。ゲーム会社との共同開発によって制作されたこのアプリは、同館の収蔵品を集めながら江戸の街をめぐるストーリー仕立てとなっている。

なぜ、単なる展示物の3D化ではなく、ゲーム要素を取り入れた内容にしたのか? 制作発表会で語られた開発の背景や、同博物館がアプリにかける思いを紹介する。

「アイテム」を集めながら江戸の街を散策

江戸東京博物館は、大規模改修工事のため2022年4月から2025年度中まで長期にわたって休館する。今回のアプリのリリースは、東京都が推し進める文化施設のデジタルシフト戦略「TOKYOスマート・カルチャー・プロジェクト」の一環であるとともに、休館中に常設展示が見られなくなってしまうことを補う意味も大きいという。

最大の特徴は、単なる展示のデジタル化ではなく、ゲーム要素がふんだんに取り入れられた内容となっている点だ。同館事業企画課長の新田太郎氏は「博物館のオンラインコンテンツの中では、国内初の取り組みだと自負している」と話す。

江戸東京博物館 事業企画課長 新田太郎氏

ユーザーは江戸に暮らすキャラクター「えどはくん」になり、アプリ内の江戸の街を散策する。博物館の収蔵品がアイテムとして各所に散りばめられており、それを見つけてタップすることで、アイテムに関する解説などが書かれた「江戸カード」を集めることができる。

指定のアイテムを集めると次のエリアがアンロックされ、家の外に出たり、そこからさらに別の場所に移動したりとストーリーを進めることが可能になる。

「えどはくん」が暮らす長屋からゲームがスタートし、「両国橋」「回向院と大相撲」「隅田川」と計4つのエリアを移動しながらアイテムを集めていく。最後のエリアでは隅田川に浮かぶ船での夕涼みのシーンが用意されているという。

模型や浮世絵などの収蔵品を忠実に再現

ゲーム内に登場するアイテムには、江戸東京博物館の37万点の収蔵品から100点を厳選。その中の53個のアイテムを収集することで、すべてのエリアの移動が可能になるほか、残り47個は隠れアイテムのような存在となっている。

また、プレイヤーが歩き回る江戸の街は、同館に収蔵されている「両国橋西詰模型」から忠実に再現。3D空間として表現することで、今まで見ることのできなかった新たな視点で江戸の街を体験できる。

登場するキャラクターも、収蔵品の浮世絵や錦絵に描かれたものが元になっている。たとえば、「見世物小屋」のエリアでは、錦絵に描かれた「軽業」のアクロバティックな演技が再現されていたり、当時実在したという「シャボン売り」の姿を見たりできる。

左が収蔵品の錦絵、中央がアプリ内で3D化されたもの。3D化されることで技のすごさが伝わってくる

ゲーム内には全112種類のキャラクターが登場。なかには「カッパ」などユニークなものも存在するが、これも実際に収蔵品の絵画に描かれているものだという。学芸員が面白いと思ったポイントを取り出してキャラクター化することで、見どころや魅力を伝わりやすくしている。

町民や商人だけでなく、力士や葛飾北斎も登場する

リアルな江戸を再現するためのこだわりは細部にわたる。たとえば、着物を着たキャラクターが走る姿は、日本舞踊家の藤間涼太朗氏が演じた動きをもとに、モーションキャプチャーを使って制作。生き生きとした動きを作り出しているという。

「展示室のミラーワールド」では魅力が伝わらない

博物館や美術館のオンラインコンテンツは、実際の展示室そっくりのミラーワールドを作り、ユーザーがその中を巡回する形式のものが多い。同館でも当初はその形式を検討し、実際に特別展などではそのようなコンテンツを展開したケースもある。

それでも今回のアプリを単なるミラーワールドにしなかったのは、同館が「体験」を重視する博物館だからだと学芸員の春木晶子氏は話す。

「当館には、実物大の模型や精巧なジオラマ、触れる展示物などが多く、体験を通して江戸東京の歴史や文化を感じてもらうことを非常に重視しています。それをどうにかオンラインでも実現したい考えたときに、ミラーワールドを作るのは少し違うのではという話になりました」

江戸東京博物館 学芸員 春木晶子氏

ユーザーの体験を重視した『ハイパー江戸博』を技術的に支えるのが、ゲームエンジンのUnityだ。本格的なゲーム開発に使われるツールを博物館アプリに採用した理由について、アプリ開発のプロデューサーを務めた株式会社ライノスタジオの谷口勝也氏はこう話す。

「現在はいろいろなバーチャルサービスがあるので、当初はそれらを使用して、いわば間借りをして制作することも検討しました。でも、今回のアプリにはデータベースとゲームを組み合わせたゲーミフィケーションのしくみをどうしても取り入れたいと考えており、それを実現するためには一から世界を構築することが最適だという結論になりました」

博物館展示の新しいあり方を開発できた

ゲーム要素を取り入れることで、「単なる休館中の代替手段以上のものを提供できるようになった」と春木氏は話す。

「たとえば、当館には貴重な錦絵も展示されていますが、展示物として見ただけでは、『昔の絵だな』と思うだけで通り過ぎてしまう人も多いと思います。それが3DCGという現代の手法で表現され、アイテムをタップする、表示されるカードを見て知識を得るというアクションを経ることによって、当時の暮らしに関心を向け、江戸時代に生きていた人々を多面的に学びやすくなりました。休館中の展示の代替というところからスタートしたプロジェクトですが、結果的に博物館展示の新しいあり方を開発できたと思っています」

『ハイパー江戸博』アプリは、当初はiOS/iPad OS版のみの提供となるが、6月末にはAndroid版もリリース予定。さらに、今年度中には銀座などにもエリアを広げていく予定だという。

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学びなどにゲームの要素を取り入れることで、理解の促進やモチベーションの向上をめざす「ゲーミフィケーション」は、近年とても注目されている手法だ。

子どもの頃、社会科見学などで博物館を訪れても、関心の薄さから「なんとなく見ただけ」で終わってしまった経験をお持ちの方も多いかもしれない。しかし、「アイテムを集める」というゲーム要素が加われば、ワクワクしながら続けられそうだ。「博物館×ゲーミフィケーション」という同館の試みは、従来は博物館に足を運ぶことのなかった層が関心をもつきっかけにもなるかもしれない。

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